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明日は個人懇談②です。
2019年12月06日 (金) | 編集 |
明日は2回目の個人懇談です。
授業開始は16:40なので、塾生のみなさんは注意してください。

この2週間で中2のお子さんがいるご家庭から3件も体験希望・資料請求のお問い合わせをいただきました。
大変申し訳ありませんが、現在、中2は定員まであと1名となっていて、問い合わせいただいた順番に体験の案内をさせていただいております。
場合によっては、体験いただいても入塾をお待ちいただく場合もあります。
ご了承ください。


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今年度は「令和」。
2019年12月04日 (水) | 編集 |
毎年、中3の公立高校合格発表日には「卒業祝賀会」を行っています。
その中で、「全員合格したら、ウスイが踊る」というのをやっているのですが、今年度はゴールデンボンバーの「令和」を踊ることにしました。
あくまで「全員合格」を達成したときだけですが、中3のみんなの合格を祈願しつつ、令和ダンスも練習していこうと思います(笑)。

先ほど練習したら、自分の肘で自分の膝を強打しました…(涙)。

3年前は「ハッピーシンセサイザー」、昨年は「U.S.A」。
全員合格して、今年度はみんなで令和ダンスをしましょう!
と、毎年、呼びかけていますが、あまり乗ってはくれません(苦笑)。
まあ、強制はしませんので、中3生、検討してみてください。

もちろん、高3生でもOKですよ(笑)。

さて、高3生、中3生は合格に向かって、毎回がんばっています。
今日は「居眠り」はいなかったので良かったです。
私が集団授業中で気付かなかったのかもしれませんが…。
でも、何となく、教室の雰囲気もピリッとしてきたように思います。

昨日は高1生が、「テストの点が悪かった」とぼろぼろ泣いていました。
今回は明らかに対策不足だったので、それを踏まえて話をしました。
「もう高校行きたくない」とまで言うので、私の辛かった経験なども話し、「ね、それに比べたら、○○は勉強すれば取り返せる話でしょ。やるだけだよ」
「…、なんか元気出てきた」
そんな話をしました。

辛かった経験も笑って話せるようになったら「勝ち」だと思っています。
たとえ、小・中・高生のみんなが今「勉強辛い」と思っていたとしても、それを乗り越えた後で「実はこんなにがんばったんだよ~」と誰かに笑って話せるようになると思うのです。
だから、1つずつがんばっていこう。
今日できなかったことは、明日に向けての課題として。
今回テストで失敗したら、次回はそんなことのないように、可能な限りの対策をして。
みんなにはまだまだやれることも、やれる力もあるのだから。
決してあきらめることのないように。
私もつらい経験もあったけど、あきらめなかったら、こんな人間になりました(笑)。
うん、あのとき、あきらめなくて本当によかったと思うよ。
だからね、まだまだがんばれるし、みんなにもがんばってほしいと思うのだよ。


今日は質問や要望が多く、集団授業が始まってからはバタバタした1日でした。
そんなバタバタがまた嬉しいのです。
疲れるけど(笑)。
さあ、明日も前を向いて、1つずつ全力前進です。
明日もがんばろう!
また教室で待っています。


【連絡】
塾生対象の「冬期講習出席クラス希望調査」は来週土曜14日が提出期限です。
塾生のみんなは提出忘れのないように。

講習生につきましては、塾生の出席確定後に若干名募集いたします。


あと1か月。
2019年12月02日 (月) | 編集 |
センターまであと1か月強。
「今回の模試、やばかったです」とは昨日センター模試を受けてきた高3生の言葉。
「具体的にはどれとどれ?」
「英語が下がって、数学はいつも通りで、あと政経がやばかったです」
「英語と数学は毎日対策。模試のやり直しも含めて。政経はeトレの問題も取り組もう」
と、こんな会話をしました。

自分がセンター前にやっていたのは徹底的な模試の確認と基礎演習。
あまり難しい問題には取り組まず、とにかく基本の確認に重点を置きました。
難しい問題に取り組むとできなかったときに不安になるんですね。
それが嫌だった。
不安なままで本番に挑みたくなかったんですね。
実際、応用問題の問題集も買いましたが、手を付けませんでした(苦笑)。

今の高3生は何人も頻繁に教室を使ってくれます。
全体で5名(10月で1名抜けたので)しかいませんが、うち4名が今日も出席。
それだけこちらも気持ちが入ります。
何としてもセンターで結果を出させてやりたい。
今日も数学や古典で質問がありましたが、答えられるものはなんでも答えていきたいと思います。
あと1か月。
まず、あと1か月です。

中3生も、ちょっと空気が変わった生徒が数名。
めったにカミングウインターに積極的に取り組まなかった生徒が「ハンコ、押してください」と言ってくるようになりました。
「暇だったのでやりました」と英語の単元をほぼ終えてきた生徒もいました。
ちょっと、変わってきました。
良い方向に。

こういう姿勢が大事だと思います。
「今まで通り」から「今まで以上」に。
結果が出なかったときこそ、工夫が必要。
「ここを改善してみよう」という心構えと行動が、実力を引き出します。

明日も、がんばっていきましょう。
また、教室で待っています。


連絡。
冬期講習の出席クラス希望調査は14日(土)までです。
塾生のみなさんは、必ず期限内に提出を。

明日から個人懇談です。
2019年11月29日 (金) | 編集 |
明日は個人懇談です。
今回の懇談はのべ30名の生徒が申し込んでくれました。
保護者の方にもご足労いただき、ありがとうございます。
この個人懇談が少しでも塾生のみんなの役に立てればと思います。

今週と来週の土曜日はこの個人懇談のため、授業開始は16時40分です。
早い時間に来ても懇談中のため、自習もeトレもできないので注意してくださいね。

それでは、明日もがんばりましょう。
教室で待っています。


承久の乱を考える。
2019年11月28日 (木) | 編集 |
昨日、中3の国語の授業で「新古今和歌集」を扱った。
そのとき「後鳥羽上皇の勅命でつくられた八番目の勅撰和歌集」という話をしてから、中3生に「なぜ、後鳥羽上皇は承久の乱を起こしたのか」という話をした。
一応、「幕府打倒をはかった上皇。公家政権の回復に努力」と用語集では紹介されている。
それを後鳥羽上皇の心理から考えてみたい。

史実によれば後鳥羽上皇は1180年生まれ。
わずか3歳の1183年に天皇として即位している。
そこから15年後の1198年、自分の息子を天皇として同じく3歳で即位させ、自分が院政を行っていたとされる。
このとき、なんとわずか18歳である。
その後、1221年の承久の乱まで院政を実施。
息子2人を天皇として即位させ、自分が院政を行っていたのが23年間。
つまり、41歳で承久の乱を起こしたということだ。

ここで考えたいのが、後鳥羽上皇の父と兄。
後鳥羽上皇の父は高倉天皇。
兄は安徳天皇。
安徳天皇の母は建礼門院徳子。
徳子は平清盛の娘である。
つまり、源氏の「敵」だったということだ。
そして、高倉天皇は1181年に亡くなり、兄の安徳天皇が2歳で即位。
ただ、このときすでに源氏の反乱は始まり、清盛は同年死去。
強力な存在を失った平家一門は敗走し、1185年壇ノ浦の戦いで敗北。
このとき、兄安徳天皇もともに亡くなっている。

つまり、後鳥羽上皇の即位年を考えると、すでに源氏の力が強くなり、政治は公家の力では動かせなかったと考えられる。
3歳の子どもに、自分の置かれた境遇を考えろ、と言っても無理な話。
では、いったい、誰が「公家政権」の話をしたのか。
ここに絡んでくるのが、祖父・後白河法皇ではないか。

後白河法皇は1192年まで院政を行っている。
1192年といえば「いい国(1192)作ろう鎌倉幕府」である。
鎌倉幕府成立と同年に祖父・後白河法皇が死去。
しかも後白河法皇は「平清盛や源頼朝と争い、権謀術数(けんぼうじゅっすう:相手を巧みにあざむくはかりごと)を用いて、王朝権力の確保をはかろうとした」人物とされる。
12歳の孫にその達成を託し亡くなったとすれば…。
後鳥羽上皇は祖父、父、兄の無念をずっと持ち続け、「機会」をうかがっていたのかもしれない。

後鳥羽上皇は1239年、59歳で亡くなっている。
ちなみに、「新古今和歌集」選定の勅命は1201年。
このとき後鳥羽上皇は21歳。
完成は1210年以降とされるが、後世まで名をとどろかせる和歌集を選定するした優れた歌人でもあった。
その人物が「倒幕」の反乱を起こしたという。
にわかには信じがたいが、上記のように「誰かに影響された」と考えれば、つじつまが合う。

歴史は「人」が主人公。
教科書にたった数文字だけ登場する人物にも、その人の生まれ、育ち、考え方がある。
こうやって歴史を想像しながら、勉強してみよう。
歴史は「絶対に面白い」のだ。

今は、民放で時代劇をやらなくなり、大河ドラマも近現代が多くなった。
(近年では三谷幸喜脚本の大河ドラマ「真田丸」はすばらしかったと思う。あれは機会があれば見てほしい。歴史観が変わる)
だから、いろいろ歴史の本を読み、歴史の漫画を読み、用語集を見て、そして、考えてみよう。
絶対に、面白い発見があるはずである。


※訂正:昨日の中3の授業で「高倉天皇が~」の下りを話しましたが、後鳥羽上皇が幼年期に高倉天皇は亡くなっていました。
中3生、ごめんなさい。