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今こそ『論語』①
2018年05月31日 (木) | 編集 |
子、四を絶つ、意なく、必なく、固なく、我なし。
(先生は4つのことをしなかった。「自分の気持ちを押しつける」ことはなく、「これが絶対だ」と言わず、「頑なにこだわる」ことはなく、「俺が俺がと我を張る」こともなかった。)

先生とは「先に生きる」人。
ある意味、手本とならなければならない人。
学校の先生、塾の先生、お医者さん。
政治家も「先生」と呼ばれる。

さて、これらの「先生」は「子どもの手本」になっているだろうか。
自分も「一先生」として、少しは手本になっているだろうかと考える。
まだまだ足りないなぁと思う。


子曰わく、性、相近し、習へば、相遠し、と。
(先生はおっしゃった。人間は生まれたときはそう大差ない。その後の教育で人は大きく変わるのだ。と。)

子どもは生まれたときは「真っ白」。
生まれてから、見たこと、聞いたこと、感じたことで性格・人格が形成される。
性格は「後付け」。
教育や環境でいくらでも変わるし、いくらでも変えられる。

一番影響を受けるのは「周りの大人」から。
自分の息子らを見ていても、「あー、これは親(私と嫁さん)の影響だなぁ…」と感じることは多々ある(苦笑)。
「子は親の背中を見て育つ」という。
子どもは大人をよく見ている。

子どもに「嘘はつくな。正直に話せ。」という大人。
ならば手本を見せねばなるまい。
子どもに「人のことを傷つけるようなことは言ってはいけない」という大人。
ならば手本とならねばなるまい。

最近の「先生」方は子どもたちの手本となっているのだろうか。

今日もニュースを見て、思う。
今日も塾生の話を聞いて、思う。

自分も引き締めていかねばと思う。

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